安藤百福の嘘?台湾人の発明の特許を買ってチキンラーメンを作った?

2018年後期の朝ドラ「まんぷく」。

日清食品の創業者である安藤百福の妻、仁子(まさこ)をモデルとして描かれたフィクションドラマです。

ヒロインにベテラン女優の安藤サクラさんを起用したことで、例年以上の注目を集めていますね!

ところで安藤百福ですが、彼は実は台湾人だったという情報を耳にしました。

おまけに開発商品である「チキンラーメン」の発明は、その製法特許を買収して生まれた商品だとも聞いたのです。

これは本当でしょうか?

さっそく調べてまとめたので、チキンラーメン愛食家の方はもちろん、皆さまも最後までお付き合いください!

お湯を注ぐだけで食べられるのチキンラーメンには愛食家が多いのでは?

個人的には卵をちょこっとだけ崩して食べるのが好みですね。笑

しかし、よく食べる商品とはいえ開発エピソードに着目したことはありませんでした。

チキンラーメン誕生のエピソードには意外な事実もありましたから、最後まで読んでいってくださいね!

安藤百福の嘘?台湾人の発明の特許を買っただけ?

私たち日本人はインスタントラーメンの開発者が安藤百福だと認識していますね。

しかし、中華圏のインターネットサイトでは、その発明者が「張国文」という人だと記載されたものが多いようです。

張国文とは一体誰でしょうか?

調べたところ、彼は安藤百福と同じ日本統治時代に台湾で生まれた日本の皇民で、戦後に中華民国民、その後日本へ帰化した人物でした。

あまり知られていないようですが、安藤百福がインスタントラーメンを開発していた時代は、同じように即席麺の開発に勤しむ人が多く、いわば即席麺開発戦争時代!

そして張国文も、インスタントラーメンの開発者の一人だったのです。

安藤百福は彼から製法特許を買ったのでしょうか?

この件は張国文の死後、彼の息子が父の金庫を開けたことで実体が明るみになります。

金庫にはいくつかの書類が入っていました。

その中に、張国文が安藤百福にインスタントラーメンの製造法を2,300万円で売却したと記されたものがあったのです!

売却されたのは1961年のことでした。

一体何があったのでしょう?

実のところ、売却に至った経緯は特許裁判にありました。

ざっくり解説しますと、張国文は1958年春に自身の会社である東明商行から即席麺の販売を開始しており、対する安藤百福は同年8月にチキンラーメンの販売を開始。

それぞれ製法特許を1958年12月と翌年1月に出願していました。

当時は「インスタントラーメン」で特許登録ができなかったため、その製法で特許登録することになります。

これが大きな裁判沙汰へ発展!

かなり泥沼化したようなので経過は省きますが、結論を述べると、安藤百福は「粗悪品が出回るのを防ぐために、特許を一本化したい」と張国文に提案するのです。

最終的に張国文はこれに同意し、登録前に2,300万円で自身の製法を売却したというわけです。

確かに時期だけを見ればインスタントラーメンの開発者は張国文ですが、安藤百福もその開発に成功しています。

嘘、というわけではなかったのですね。

この特許裁判でもし安藤百福が負けていたら…?

全く想像がつきませんが、インスタントラーメンの文化は大きく変わっていたかもしれません!

安藤百福は台湾人だった?

安藤百福も実は台湾の出身だったとご存知でしたか?

彼は明治43年(1910年)に台湾の嘉義庁(現在の嘉義市)に生まれ、後に日本に帰化した華僑なのです。

元名は呉百福というそうですよ。

しかし当時の台湾は、明治27年の日清戦争で日本が勝利したために、日本の統治下にあったんですね。

つまり安藤百福は台湾人とも日本人とも言えます。

安藤が正式に日本国籍を取得したのは昭和41年、つまり1966年なのでだいぶ後になってからのようです。

安藤百福は小さい頃からものつくりや商売に興味を持っていたようです。

また、妹の面倒を見ていたことから料理が得意という、当時としては異端の少年だった模様。

チキンラーメンの誕生は、彼の台湾時代があってこそなんですね!

安藤百福の家族

安藤百福は両親の他、兄と妹が2人ずついました。

父親は資産家だったようですが、悲しいことに彼が幼い頃に両親は亡くなってしまいます。

その後は台南市で繊維問屋を経営していた祖父母のもとで育ちます。

先述通りものつくりや商売に興味を持ったほか、数字に強い興味があったようで、そろばんで遊んでいたというエピソードも。

ちなみに、「まんぷく」のヒロインのモデルとなった安藤仁子は百福の3人目の奥さんです。

当時台湾には「夫妾婚姻」という制度があり、男性は第二夫人の妾とも結婚することが法的に認められていたそうな。

しかし百福が大阪に拠点を移して間もなく第二夫人は台湾に帰ってしまいます。

仁子と出合ったのはその後なんですね。

意外な事実がわかりました!

まさか仁子が3人目の奥さんだとは思いませんでしたね。

ちなみに現在の台湾では重婚は罪に問われますので、男性諸君は勘違いして台湾に行かないように。笑

それから、現在の日清食品ホールディングス株式会社代表取締役社長(CEO)である安藤宏基さんは百福の次男ですよ!

日清食品を親子で守っているなんて胸アツではありませんか!

まとめ

いかがでしたか?

確かに安藤百福は台湾生まれでしたが、日本の統治下だったためにとても微妙な生い立ちをしていたのですね。

チキンラーメンの製法が特許を取得するまでに泥沼の争いがありましたが、チキンラーメン愛食家にとっては、素晴らしい商品をこの世に生み出してくれたことに感謝してもしきれません。

安藤百福は本当に偉大なお方です。

さあ、今すぐチキンラーメンを買いに行きましょう!笑

 

コメント