安藤百福の海外の評価!ニューヨークタイムズの反応と実績エピソード

言わずと知れた、日本が世界に誇る偉人安藤百福。

彼はインスタントラーメンの開発者であり、日清食品の創業者です。

2018年NHK後期の朝ドラ「まんぷく」でヒロインの夫・安藤萬平のモデルにもなっていますね。

日本国内では超のつく有名人ですが、果たして彼と彼が生み出した商品は海外でどのような評価を得ているのでしょうか?

インスタントラーメンは今や日本のどこにいても買えるメジャーな食品ですよね。

国民食とも言える商品を生み出した安藤百福。

海外の評価も気になりますね!

なお、この記事は3分では読み終わりませんので、カップにお湯を注ぐのを少しだけ我慢して、どうか最後までお付き合いください!

安藤百福の海外の評価

インスタントラーメン発明王 安藤百福かく語りき
中央公論新社
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安藤百福が開発・発売したカップヌードルは1973年にアメリカでも発売されています。

今では世界80カ国で販売され、味も各国ごとの事情に合わせ多くのバリエーションが出でいますね。

海外ではインスタントラーメンそのものに着目されがちで、開発者の安藤百福本人の評価に触れる人はそう多くありません。

しかし、なんと海外では「日本旅行するならカップヌードルミュージアムに行け!」と呼びかける記事が存在しているのだとか!

実際に、大阪府にあるカップヌードルミュージアムを訪れた海外の著名人もいるそうですよ。

そこで安藤百福の生涯に触れて大きな感銘を受けたそうな。

ちなみに、2006年にタイム誌アジア版における特集「60年間のアジアの英雄」内で、安藤百福がその一人に選ばれています。

日本人として、世界中の人々に彼を知ってもらいたいですよね!

ニューヨーク・タイムズ紙で紹介される

ニューヨークタイムズで知る日本と世界
成美堂
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安藤百福は2007年1月5日に亡くなっており、同年1月9日にニューヨーク・タイムズがその死を慎む記事を出しています。

見出しは「ミスターヌードルに感謝」。

アメリカでも人気が高い食品ですから、その開発をした彼の偉大な功績を称えているんですね。

記事では「安藤氏は人類の進歩の殿堂に不滅の地位を占めた」と絶賛しています!

またニューヨーク・タイムズでは、過去にインスタントラーメンを紹介したこともあるんですよ!

その記事には、「即席麺はいたって簡単」「必要なのはお湯だけで、しかも3分待てば食べられる」「学生たちは1食20セントで食事にありつける」など賞賛の嵐が!

これってとても凄いことですよ!

カップヌードル自体の海外の評価

日清 カップヌードル 77g×20個
日清食品
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カップヌードルは海外の食事情に合わせて味に変化を加え、様々な形で売られています。

市場はアメリカを始め中国、香港、タイ、シンガポール、フィリピン、インドネシア、インド、ドイツ、メキシコ、ブラジル等!

どれだけ愛されているかが一目瞭然ですね。

米アマゾンのレビューでは「便利ですぐに食べられる!」「それでいて美味しい!」「安くて良い」「私たちの国へ届けてくれてありがとう!」等、大絶賛されています。

これだけ世界中で愛される食品が他にあるでしょうか?

日本人として安藤百福を誇りに思いますよね。

インスタントラーメンが世界で認められている証拠として、「宇宙食」のエピソードがあります。

安藤百福が開発した宇宙食のラーメンは、2005年アメリカが打ち上げたスペースシャトル「ディスカバリー」と共に宇宙へ上がりました!

搭乗していた宇宙飛行士の野口聡一さんが食べたそうです。

これはインスタントラーメンが宇宙でも通用すると世界が認めたのと同義。

しかし、宇宙食まで開発するとは安藤百福恐るべしですね…!

安藤百福の実績とエピソード

チキンラーメンの女房 実録 安藤仁子 (単行本)
中央公論新社
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せっかくなので宇宙食のエピソードを掘り下げてみましょう。

ラーメンにはスープがありますから、無重力空間では非常に食べにくい、むしろ食べられないに等しいですよね。

そこで安藤百福はスープに粘度を加えて飛び散らないようにし、尚且つ70度のお湯でも調理できるようにしました。

これだけでも素晴らしい功績ですが、驚くべきことに安藤百福が宇宙食の開発に着手したのは2002年頃。

なんと91歳の時なのです!!

長生きの彼は、自身の開発したチキンラーメンを毎日欠かさず食べていました。

長寿の秘訣は「週2回のゴルフと毎日お昼に欠かさず食べるチキンラーメン」と豪語!

安藤百福の実績とカップヌードルの誕生

彼がカップヌードルの開発に着手したのは56歳のときです。

視察のために訪れたアメリカで、現地の人がチキンラーメンを割ってカップに入れ、お湯を注ぎ、フォークで食べている姿に衝撃を受けました。

そう、アメリカには丼ぶりも箸もないのです!

安藤百福はすぐさま開発に取り掛かり、様々な工夫と試行錯誤を繰り返した結果、1971年に世界初となる即席カップ麺「カップヌードル」が誕生したのです!

1973年にアメリカでも発売されたことは先にも書きましたね。

安藤百福のエピソードと名言

安藤百福 (学習漫画 世界の伝記NEXT)
集英社
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最後に安藤百福が残した名言をいくつかご紹介します。

彼は多くの書籍を残していますが、名言やエピソードがたくさん綴られていますので、ぜひ読んでみては?

「転んでもただでは起きるな。そこらへんの土でもつかんで来い」

彼は成功者かもしれませんが、生涯には多くの失敗もありました。

たとえ失敗しても悔やまない、諦めないのが安藤百福です。

「事業を始めるとき、金儲けをしようという気持ちはなかった。何か世の中を明るくする仕事は無いかと、そればかり考えていた」

戦後で食料が乏しかった時代、安藤百福は食の大切さを痛感しています。

皆がお腹いっぱいになれば世界は平和になると考えていたよう。

日清食品の名称の由来は「日々清らかに豊かな味をつくる」とありますが、ここにも彼の理想が現れていますね。

「5年間必死で働く意志と体力さえあったら、年齢に関係なく必ず成功できる」

インスタントラーメンの開発に成功したのは48歳のとき。

カップヌードルを開発し、発売されたのが61歳のとき。

そして、先述にもありますが宇宙食の開発着手は91歳のときです。

生涯現役を貫いたからこそ生まれた言葉ではないでしょうか。

また彼は「遅い出発とよく言われるが、人生に遅すぎるということはない」とも語っていますよ。

知れば知るほど安藤百福の偉大さ、その功績に感心するばかりですね。

彼の生涯はこれからを生きる私たちにとってのバイブルになるかもしれません。

偉人が生み出したインスタントラーメンは、今日も世界のどこかで、人々を笑顔にしていることでしょう。

最後までお付き合い頂きありがとうございました!

お待たせいたしました、どうぞカップにお湯を注いでください!笑

 

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