浦和レッズの新監督はネルシーニョ!熱い経歴に迫る!

2018年、不振にあえぐ浦和レッズは、ネルシーニョを次期監督候補へと定めました。

日本サッカー黎明期から日本のために怒り、闘った闘将。

輝かしいJリーグでの戦歴と、熱いエピソード、日本サッカー協会との確執をまとめました。

ネルシーニョのJリーグでの戦績

  1. 1995 ヴェルディ川崎でNICOSシリーズ優勝。
  2. 2003~2005 名古屋グランパスエイト監督。成績不振で解任。
  3. 2009~2013 柏レイソル、2010年にJ2優勝、2011年にはJ1優勝。
  4. 2015年、ヴィッセル神戸の監督に就任。2016年にはチーム最高の2位の成績を収める。

まず、黄金時代のヴェルディ川崎を率いていたというのは大きいですね。Jリーグの中でも古参。外国人監督の中では、Jリーグを良く知る人物なのは間違いないですね。

浦和でもその辣腕を奮って、チームの再建に貢献して欲しい!

ネルシーニョの人となりが分かるエピソード

ネルシーニョ監督を恩師と慕う選手は多いです。

とりわけ、熱血漢としても有名だったネルシーニョは、多くの選手を虜にしてきました。

ヴィッセル神戸のDF、渡部博文もその1人です。

渡辺選手は、ネルシーニョとプライベートで食事に行くほど、慕っています。

「詳しい内容は言えないですが、相変わらずの闘志溢れる姿だった。懐かしい話から、これからの未来についても語った」

と、かなり仲がいい様子です。

このとき、渡辺選手以外にも、田中順也、橋本和、岩波拓也がいました。

渡辺のインスタグラムには“#怒られまくった4人”というハッシュタグもついていて、グッときました。

選手って、怒られながらも、その奥に潜む愛を感じるのです。本当に愛のあるお叱りじゃないと響かないですからね。

 

日本サッカー協会を批判した過去

ネルシーニョは、過去に日本サッカー協会を“腐ったミカン”と痛烈に批判したことがあります。

1995年の加茂監督更迭の人事の際に、後任はネルシーニョの名前があがっていました。

しかし、サッカー協会の会長の長沼健は、大学時代の後輩である加茂監督を守るために、続投人事を強行します。

協会会長の鶴の一声でネルシーニョの監督就任はお流れになってしまいました。

ハッキリいって、腐ってるも腐ってる。日本サッカーの未来をなんだと思っているのか。

この不可解な人事には、当時の日本サッカーファンも呆れかえる始末。

そんななか、ネルシーニョが日本のファンの気持ちを代弁するがのごとく、サッカー協会を“腐ったミカン”と痛烈に批判したのには、胸の空く思いでした。

 

「日本協会に代表監督を選ぶ権利はあるが、おふざけをする権利はない。ナガヌマ、カワブチは嘘つきで、腐っている。残念ながら、箱の中には必ず、腐ったミカンがあるものだ」

まとめ

激しく日本サッカー協会を批判するほどの、日本サッカーへの愛を示す闘将ネルシーニョ。浦和レッズを立て直すには、闘将の闘魂注入しか無い!

 



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